おしいれ

誰が要求したわけでもない義務感と少しの憂さ晴らしをこめて・・

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おめでとう

その決断をしたあなたに、おめでとうと言いたい。
伝える事はもうできないけど、それは確実に一つの道なんだと言ってあげたい。
道は道でいい道も悪い道もないんだよ。

ほんの少し寂しいけど、あなたがずっと幸せであるように、祈っている。
おめでとう。

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  1. 2011/07/26(火) 23:29:23|
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二日酔い

  1. 2011/06/11(土) 13:37:47|
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震災 原発 日本人 

3月11日に震災が起きて今が4月24日、一ヶ月半が経とうとしている。

震災から最近まで、テレビでも、身の回りでも、情報が本当にたくさん溢れ出た。
その多くは、恐怖心や先の見通せない不安から出たものであったように思える。
自分もまたそういった情報をまき散らしていたような気がする。
反省している。もう少し言わないで済んだはずだ。

そして今ようやく考えるということに意識が向き始めた。
以下に今後考え、そして答えを見つけるべき問題、大きな反省点を列挙する。

①原発の事故がなぜ起きたのかということ。
そもそもなぜ作ったのか、なぜ必要だったのか、これからも必要なのか(人の命や大切な土地を犠牲にしても)
これは絶対に決着をつけなくてはいけない問題。

②原発事故が含んでいた問題について
手の中にない科学とその大きな力をどのように扱うべきか。
予知できない地震。
東電はもしもの自体に対して責任をどう考えていたか。また東電だけでなく、私達がどのように捉えていたか。
比較としてヨーロッパ人、他のアジア人その他原発をもつ他の国の考え方。

③知恵の喪失について
歴史街道と呼ばれる旧道(明治以前)のラインが、ちょうど津波の届いたラインとほぼ重なりながらかつ、津波をぎりぎりで避けていたという事実。
明治以後私達はなにを失ったのか。知恵の再評価。

これらは正しく討議を重ねた後に結論をつけ、その結論は今後の日本の形成(一度私達は失敗をおかし、破壊された、そう認めるところから始めるべきである)に使うべきである。

これが大きなこと。

小さな情報(地震動)についても考えていきたい。

テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ

  1. 2011/04/23(土) 00:05:29|
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寒い日

心臓が震えている。

定まらない、どこかが痛む、焦点が定まらない





小さいひと


  1. 2010/04/13(火) 01:16:55|
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千葉でサンマ祭り

昨日、千葉に住む柴田さん(万年豊作祭り以来の知人)宅に行く。
台湾から来ていたシェンルーの送迎会(彼女は翌日帰って行った)としてサンマ祭りを開くというのでそれに誘われて行ったのだ。

どの人もひさしぶりに会ったが、気持ちよく挨拶することができる。象関係で出会った人々とはいつもこのような感じで気分が良い。彼らは遊びが好きで、しかし意外とまじめな人が結構多く、彼らとの会話はいつも笑いが多いのだが、かなり有意義な話が多い。だから面白い。

柴田さんは象設計集団で設計活動を三年ほど行った後、千葉は富津市の「和光保育園」で保育士として今年の春から働き始めた。彼女のこの独特の経歴の積み方は、そのまま彼女の、空間とは設計だけで創られるものではなく、使用することはそれと同等かそれ以上に意味を有するものであるという視点を表すものでもある。

その彼女が働いている和光保育園を今回見学させて頂いたのだが、園内で見られるいくつかの知恵を感じさせる発明は非常に好奇心がくすぐられるもので、私は気がつくと走りながらそれらを写真に撮って回っていた。

その一つが「ツヅキ」と書かれた小さな標識である。これは子供達ががらくたで遊んだ後に使うもので、これをつけることによって子供達はまだ遊びが終っていないことを示し、それが示されていれば、その遊びを継続する事ができ、がらくたを片付けることをしなくてよいのだ。私はこの発明を見てとても納得させられた。こどもの遊びが一日で終るなんて誰が決めた?という主張が強く伝わってくる。

またその他には、扉をロックするための引っかかり棒である。子供達のクラスは年齢によって分けられており、クラスルームはその棒を備えた扉で仕切られている。そしてこの棒の偉いところは、扉の場所によってその差し込み位置の高さが違うところだ。この棒のおかげで上のクラスのものは下のクラスに移動する事ができる、あるいは大人は入れるが、子供は入る事ができないなどの適切な制御が生み出されているのだ。

これらの発明は、子供に対する注意深い観察がなければ到底思いつくものではないだろう。この保育園の教育者達の「こどもになにかを教えるのではなく、こどもに考えさせる、こどもから教えてもらう」という姿勢は非常に優れているものであると思う。保育のすばらしい技術を垣間見た気がした。

さてこれらの感動的な使用者達のデザインに対して、私は思う。果たして設計の立場でこれを行う事ができるのか?
この問いの根底にあるものは、一つにはこういった知恵のあるデザインは「使用者による観察」がまず必要である事。私が思うには、知恵とは、具体的な事物に衝突したときに、それに柔軟に対応しようとする姿勢が生むものであるので、具体的な事物を前にしない設計士(マテリアルには触れる事はできるが)が、そういった事物に具体的に関わる事ができるのかに対して疑問をもつのである。そしてそういったことを考えていない設計士がほとんどである。象設計はそれを、「自力建設」という手法を用いて自分たちのデザインに取り入れようとしてきたように思う。今考えれば、かれらの使うこの方法(もともとは結い、ユイマールなどと言われ我々の伝統的な知恵としてあったもの)はまさに使用者に関わるものであったのだと思えたのだ。

今はまだこれらのことが自分の将来像とどう関わるかはまだ具体的でないが、重要な観点であると思っている。私は街を使用する、街の建築家(仮)になりたいのだ。

時間はとても短い。
  1. 2009/09/22(火) 22:06:40|
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